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12章 風使い




「ただいまー。もぉっ、なんで今日も部活があるのよー。最悪!」 
お姉ちゃんが帰ってきた。白ネコの眞流菜(まるな)がお出迎え。 
何か魔法を使えるようになってから眞流菜があたしを避けてる気がするけど、気のせいかしら? 
「だけど、それも今日までなんでしょ。大晦日にもよくやるわ」 
「そうよ。でも昨日までずっと苦労したわー。鈴実がいなかったから自炊とか自分でやらなきゃいけなかったし。
お弁当なんて作る暇全然なくて、食堂で食べたし晩なんて毎日インスタントよ?」
まったく、この姉は……高校生にもなって炊事洗濯すらできないなんて。
三ヶ月もやってこなせないってことはないはずよ。やろうとも思わなかったわね、きっと。 
お姉ちゃんがこうだからお母さんとおばあちゃんがいない時は私がこなさなきゃいけないし。 
「高校生になってもこれじゃ、例え食べていけるだけのお金を稼げてもお姉ちゃんは自立できないわね」 
したとしても、インスタントばっかり食べて消化不良を起こしそうで心配だわ。
「そうよ。って言う事でこれからもよろしく! あ、そうそう。近々ね、うちの学年に転入生が来るらしいの。
それとさっきめずらしい銀色の髪の人を見かけたんだけど、学ランだったのよねぇ。もしかしてその人かしら?」  
「ふうん。銀色の髪ねぇ」
「外人さんにしても、銀なんて珍しいでしょ?」
確かにそうだけど。そんな人が、転校生みたいな偶然は絶対にないと思う。
夢見がちなお姉ちゃんのことだから半分くらい本気かもしれなかった。妙に勘が当たるし。



あたしは散歩にでようと思ってコートを着て家を出た。
あのまま家にいても、顔を合わせるのはお姉ちゃんか眞流菜だけだし。
飼い猫には避けられる、姉は専ら転校生への期待に余念がない。
そんな所にいるくらいなら外に出たほうがいいと思って。
お財布も持ってることだし、いざという時は買い物も出来る。
冷蔵庫にあるもので今日の晩ご飯と明日の朝ご飯くらいはどうにか出来そうだけどね。
「とりあえず公園のほうに行ってみようかしら」
スーパーのタイムサービスを狙うにしても、一時間は余裕がある。
ちょうど良い頃合いになるまでは公園で時間を潰すことにした。

「ん。鈴実?」
公園までの道のり、住宅街を抜けた所でいる会いたくもない相手とばったり遭った。いるはずもないのに。
「……パ、パクティ」
どうして白昼堂々あいつが町を歩いてるのよ!? しかも学生服を着ていた。
反対側から歩いていたのに、すぐにそうだと気づけなかった。何故って、頭が銀色だったから。
いつの間に染めたのよ、あんたの髪はオレンジ色でしょう。そんなことも声に出せずにいた。
あんまりに学ランとギャップがなかったから。認めたくないけど、似合ってるわ。
ひょっとしてお姉ちゃんが言ってた夢みたいな事が…当たる?
でもパクティが学校に行く所なんて想像できない。
「よう。カマイタチに囲まれてるけど、どうかしたのか」 
「……え?」 
何をいきなり。カマイタチって妖怪。つまり魔物?
あたりを見回しても あたしには動物なんて見えないんだけど。 
「風に紛れてるから鈴実には見えないだろうけど。じゃーな、俺は用事があるから」 
ちょっとー!? そんな事言われたって……行っちゃったし。
去り際に北北西、と呟いたような気もしたけど。そんなことよりも。
疑問だけ残していかないでよ。敵だから頼ろうなんて思わないけど、なんだかあれもあれで。 
微妙な疼きがあたしの中で起きていた。



公園にまで辿りついたとき、敷地の内の木々が落ち着きなく揺れていた。
そのざわめきが一段と強くなったとき、鋭い風があたしの真後ろを通り過ぎた。
まるでなにかが掠めたかのように。一秒遅れて、それは現実に干渉があったことが知れた。
『どんっ』 
軽い音には不釣り合いな程の衝撃が背中に起きた。
羽織っていた上着を脱いでみると、血は出なかったみたいだけど、少し破けてる。
相手はこっちの命を狙ってる何か人ではない者ね。しかもあたしに対して害意があった。
人間相手にはどうにもならないけど、幽霊なんかを寄せ付けない結界はいつも展開してある。
それが役に立ったってことね。結界がなければ、あの衝撃で殺されてたかも。
でも、普通はこの手の攻撃は全て跳ね返すから本来ならノーダメージってとこなのよね。
ということは目に見えない何かは幽霊より厄介そうだわ。だけど、祟りを受けるような真似はしてないわよ?
墓石を蹴ったり倒したりしては駄目だと靖たちにもしないように言い含めてある。
呪いを使いそうな生身の人間は、中学生じゃ身近に接点はないから恨みを買ってという線は薄い。
「こういう時は……妖狐!」 
困ったときの神頼みならぬ狐頼み。うちでは少なくとも神さま仏さまより狐の方が頼りになるわ。
妖狐っていうのは魔法分野では"霊の力"を支配する神、としか知らないけどね。
世間一般じゃ米の神様で、お稲荷さんで。一応は神なんだからあたしには見えないものも見えるはず。
ちなみに何であたしが呼べるかというと、家系的なものになる。
つまるところ、よくわからない。ただ偶然あたしが篠崎家に生を受けたから。
お父さんの説明になんて耳を傾けたことがないから仕方ないけどね。

『ビュッ、ビュッ、ビュッ!』
音を読んでそれとなく、かわす。なんとなくも良いところだからギリギリすぎるけど。
例えるなら、お鍋で顔を隠して投げられる小石から身を守ってる感じになる。
身体に損害は受けてないけど、それがなければ今頃大怪我してるところ。避けてるようで、実は精神力対決中。
こうも連続して攻撃を受けてると意識をそんなに使わない結界の持続にも限界がある。
集中力が途切れたら結界も消えてしまう。そうなったら、多分間違いなく直撃を受ける。
そうなる前に、助けが必要。
妖弧を呼ぶのに特別な呪文は必要ないし、契約してるわけでもないのよね。
呼んだら必ず現れてくれるわけでもない。だからただひたすら念じなければいけない。
現れてくれるかどうかは姿が見えるまではさっぱり分からない。
何の兆候もなく現れては消えるから。もしも敵に回したら。それを思うとぞっとするけど。
少なくとも一匹はあたしの味方だっていうことは、はっきりしてる。
『呼んだか、主よ』
背後からの声に振り向くと、大きな狐がいた。今回は来てくれたようね。
それだけであたしの手の大きさもある鋭く両眼があたしを睨んだ。単に目つきが悪いだけだけど。
「あたしの周りに何かいない? いたら捕まえて欲しいの。誰からの差し向けか知りたいから」
あんまり誰かに頼ることはしたくないんだけど、今回ばかりはどうしようもない。
それに、さっきパクティが言ってたことも気にかかる。カマイタチと方角。二つのキーワード。
『御意』 
妖弧にはカマイタチが見えるみたいね。道を極めると妖怪を通り越して神にまでなれるくらい、狐はすごいというけど。
妖弧のたくさんある尻尾が空を切る。うねるその尾からも風が生じるものだから、目を開けてはいられなかった。

入ってからずっと止まなかった梢の擦れあいが止んだその頃、ようやく凪いで瞼を上げることができた。
周囲を確認してみると、妖狐はあたしの後ろにいた。公園内の公共物が壊れた様子もない。
実質的な被害がないことに安心しつつ、また妖狐へと視線を向けてあたしは違和感を覚えた。
不自然なことに、三つの尻尾が丸まっていた。まるで、何か透明なものを掴んでいるかのように。
『キ―ッ、キ―ッ!』
この小動物の鳴き声……テレビで聞いたイタチのそれと似てる。
もう捕まったの? 仕事が早いわね。 
でも、キーキー言われても全然わかんないわ。 捕まると観念したのか相手は姿を現した。
カマイタチは意外と可愛らしかった。白いし、イタチっぽい。 伝承にあるような通りね。 
『主よ、明日、こやつらを差し向けた人間が魔物を扉を開いて呼ぶそうだ。ここから北北西にいる』 
それってもしかして光奈が言ってた逃亡犯のことかしら。意外な儲けをしたものだわ。
北北西。パクティの呟いた一言が気にかかるけど……ううん、気の間違いよね。
有り得るはずがない。きっと何か買うものがあるとかそんな理由よ。その方角には商店街があるし。
「そう、ありがとう」 
『だが、何故わかった。カマイタチの気配を読めるのは風使いのみだが?』 
風使い? 意味からして清海の事かしら。
でも教えてくれたのはパクティよ。 つまりは、あいつも風の魔法を使えるの?
だけど見たことないわ。あいつが風を操ってるとこなんて。
「知らされたのよ。……そいつは、あたし達の目的の奴かも知れないわ」
光奈もそんな奴のことを言っていた気がする。
あたしは、明日その場所に行くことにすることにした。
他に何かできることもないし。魔物がこっちに来たら面倒なのよ、いろいろと。
霊と手を組む奴、逆に対立する奴。どっちにしろ人に危害が加わることには変わりない。
少なくとも清海は連れて行っておくほうがいいわね。 
カマイタチを扱えるって事は、相手も風使いかもしれないし、またカマイタチがいるかもしれない。
そうなると少なくとも見ることの出来る仲間が必要だから。そんな面倒な相手は手早くとっちめるわよ!

「鈴実、この狐なに。それとこの小動物は? かわいいけど、ってどうしたのそのコート!」 
不意に声をかけられた。清海が横にいる。……いつの間に?
そういえばカマイタチ捕まえてたままだったわ。でも、今この場で逃がすわけにもいかないのよね。
居場所と事情を詳しく吐かせるまでは捕まえとかないといけないし。
腕組みしてどう扱ったものか悩んでいると、妖弧に尻尾でつつかれた。
尻尾の一つが清海を指している。正確には清海が腕に抱えているものたちを。
「ちょっと清海! それ危ないわ!」
「えー? そんなことないよ。分別くらいあるって言ってるよ、この子たち」
清海はいつの間にかカマイタチ三匹を腕にかかえて楽しそうに喋っていた。
妖狐を睨みつける。なんであんな危険な生き物を捕まえておかないのよ!
『この娘が我から奪ったのだ。しかたなかろう』
は? ちょっと待ってよ。妖怪から何かを奪うなんて人間にはできっこないはずだわ。
神から奪うべからず。たとえ奪えたとしてもその代償に何か差し出さないといけないのよ。
もしくはそれを上回る力が必要なのに。清海は妖狐以上の何かを持っているとでも言うの。
霊媒師のあたしにわからなくて、ただの霊感体質の清海にならわかることがあるの?
「今だって鈴実に酷いことをする気はなかったって。驚かせたの謝ってるよ」
「……清海、そのイタチが言ってることがわかるの」 
『キーッ!』
「うん、そうだよ。ほら、イタチじゃなくてカマイタチだって言ってるし」
三匹のカマイタチを抱き寄せて、すりすりと頬を寄せる清海はことなげに爆弾発言をした。
「可愛いし、連れて帰ろうかな」



この後延々と反対したけど、結局清海のペットになった。
おとなしいから大丈夫、と言い張る清海に妖狐も賛同したから。
カマイタチは清海の腕の中で大人しくしているけど……さっきまでのあれは何だったのよ!
酷いことをする気がなかったなんて口から出任せ、絶対に嘘だわ。パクティ以上に信用できない。
コートが破れていたことをどうしたのとお姉ちゃんに聞かれたけど何も言わなかった。
信じるかもしれないけど、言ったら言ったで面倒だしついてくるとか言いそうだし。
あんたは妹かって言いたくもなる。どっちが姉なのかわかんない。
晩ご飯を作っていてしみじみそう思ったところだから。
「晩ご飯まだー?」
「今できるわよ!」
あたし、あの世界に残るんだった。今更ながらに後悔したわ。










「鈴実っ、遅れた?」 
ふわぁ。まだ眠いや。昨日十二時まで起きてたから眠いなぁ。
やっぱ紅白歌合戦のビデオを昼に見るのが良かったかなぁ。でもそれじゃ盛り上がらないし。 
一週間くらい前から飼い始めたカマイタチのルイとザンとフィーリと話すこともたくさんあったしなあ。
なんでも、私たちが帰省で家を空けてる間に近所の空き巣犯を退治したとか。
「四分遅刻ってとこね。で? 何でカマイタチ三匹が揃いも揃ってるのよ」 
「まあ、正月だから許してやるか。あけましておめでとう」
「うん。今年もよろしくね。……道案内してくれるってさ。だから、ね?」 
『うん!』 
「うおっ。姿は見えねーけど声が聞こえた!」
ルイがそう言ってることだし。お母さんにはとりあえずお昼はいらないから、と言って出てきた。
五時半までには絶対帰って来なさいと釘を刺されてきたけど。 
靖が目をいつもより大きく見開いて驚いた顔をしてる。口も半分開いてる。どうしたんだろ?
「清海、この動物の言ってることがわかるのか?」
私が頷くと、鈴実が妙に怖い顔をして一言。
「へえ、そう。だったら、案内してもらおうじゃないの」
もし騙したりしたら許さないというオーラを鈴実は身に纏っていた。
この状態の鈴実は怖いんだよね。下手なこと言うの、今日はやめとこっと。
靖に目配せしてそれとなく伝えたところで、メンバー不足が話にあがった。
「そういや、美紀とレリは呼ばなくて良いのか?」 
「美紀はおじいちゃんの所に帰ったんだって。レリは故郷に戻ったって」
「ふーん。美紀はともかく、レリは海外だもんなー」
「そういうことで、この三人なのよ。……時間もないことだしね」
今日じゅうに見つけて扉を破壊しなかったら魔物がうじゃうじゃ来ちゃうってフィーリが言ってた。
頑張ってその悪い人の悪事を阻止して、捕まえなきゃ!



『清海ちゃん、こっちこっち』 
カマイタチの案内で辿りついたのは倉庫がたくさんある所だった。
港に近い所で潮風が吹きつけてくる。此処は、工場街の端ってとこかなあ。
私たちの町には有名でもないけど、紡績の会社がたくさん軒を連ねてるからそのどこかの一つかな。
あれ? ということは、ここって私有地だよね。門とか見あたらなかったけど……廃工場?
じゃあ別に紡績関係とは限らないのかな。たくさんの倉庫使うってことは大企業に違いないと思ったけど。
「鈴実、ここってどこだ?」
「多分……戦前には栄えてたっていう製紙工場よ。前に社会で習ったわ」
「えー。小学校んときには聞いたけど……覚えてねえよ」
「私も。紡績は今の話だから頭に入ってるけど昔のことはよくわかんない」
「そんなのより、現実見ようぜ。どーすんだよ、この数」
そうなんだよねえ。目の前に広がる倉庫の数、二十以上。
背後にも、先過ぎて見えない場所にも倉庫の列は続いてる。
こんなにたくさんの倉庫、全部調べようとしたらあっという間にお昼が過ぎちゃうもん。
「こんなときこそ、そいつらの出番じゃない」
鈴実の挑発にカマイタチ三匹は必死に尻尾を振って了解の意を示した。
相変わらず、鈴実は怖いままだったから。

カマイタチはB13という倉庫の前で足を止めた。 
『清海ちゃん、ここだよー』
ルイの言葉にザンが付け加える。 
『ここにおまえらの探してた扉がある』 
『気をつけてね、あいつ結構強いから』 
カマイタチって言うのは風の魔物だって鈴実が言ってた。
でも、ルイたちが言うのは魔物は自分より強い奴には従うしか生きる術がないんだって。
それが例え嫌いな奴でも。大変だよねえ、ルイ達も。 
ルイ達が門の事を知っていたのは、扉を作った人に従ってたからだって。
でも今は私に従うって言ってた。でも私、魔物じゃないんだけどなー。ペット扱いしてるくらいだし。
ミルクを出したらすっごく驚かれて飲んで良いのかってザンにきかれたくらい。
魔物っていってもすべてが悪い、ってわけじゃないのかな?



倉庫の中にはいると目にはいったのは血まみれで倒れている人と漂ってくる鉄に似た臭い。
おもわず皆、顔を顰めた。
「何があったっていうのよ……」
鈴実が最初に口を開いた。靖は開いた口が塞がらない。殺人現場なんてみたことないもん。
倉庫の中にはいると目に入ったのは、今にも息絶えそうな人と、神社の鳥居っぽいの。 
でも鳥居からはくぐる場所から見えるはずの、倉庫の壁がみえない。
くぐる場所は透明なのに何も見えなかった。 何か違和感を感じるような、そうでもないような。 
『これが扉だ。壊したければ壊していいぞ』 
『それで、どういうわけか今にも死にそうなこいつがこの扉を作った張本人だよ』
ザンが扉しか目に映っていないかのように 言った。
ルイは白い目で見下ろす。
『あたし達より先に誰かがこいつをヤりに来たみたいね』
フィーリが普通の顔で何でもないかのようにそう洩らした。
扱いがよっぽど酷かったのかな。赤の他人に接するよりも冷たい態度だった。
「でも誰が?」
『わかんない』
『魔物の仕業じゃない。魔物ならこいつを確実に殺すからな。馬鹿はこんなことしない』
あっさりと言い放った。悲しむことをしないというか、かえって嬉しそうですらある。
確かに魔物だと殺すか殺されるかの二択で、むごくこんなツライことさせそうにない。
テレビゲームだったらの話ね。本当のとこはどうなのか、まだよくわかってないけど。
だとすると人なの? これやったの。でもそうだと、人よりも魔物のほうが怖くないのかも。
うう、背筋がぞっとするなあ。心の闇は、魔物よりも人のほうが深いのかなあ。
『昨日の日暮れまではこいつ、何ともなかったわよ』
フィーリの言葉にルイとザンが憎たらしいくらい元気だった、と付け加えて頷いた。 
「でもどうすりゃいいんだ? この人とこれ」
「この人が死んだら、この鳥居は無くなるの?」 
「うーん、どうなんだろう」
ずっと此処にいたら私たちが捕まりそうだしなあ。
かと言ってこのまま重傷者を放っておくわけにもいかないし。 
警察や救急車を呼ぶにしても、この状況で呼ぶのもなんだか辛い。
誰も携帯電話なんてまだ持ってないから、公衆電話を探すにも時間がかかるし。
応急手当の仕方だってろくに覚えてない。
助けを呼ぶ以外に出来ることがなくて、私たちは固まってしまった。
救急車を呼ばなくちゃこの人を助けられないってわかってるんだけど、誰も動かない。
いや、動けなかった。
「それ……はない。逆に……な、ぜ。あの……が」 
「え? ちょ、あのっ」 
驚いたぁ。でももう1回聞きとろうとしたらその人の息遣いが途切れて、体が消えた。
砂のようになるでもなく、ぱっと。ゲーム中にワープの魔法で人が移動したみたいに。
でも、その人 がいたという証拠は紛れもなく残っていた。血溜まりが事実。
「今のって一体なんだったの?」 
「さーな。俺、よく聞こえなかったからわかんね」
あれ? さっきよりもなんだか、鳥居が。
「ねえ、二人とも。鳥居が」
『ぼんっ』
「わ、なんだ!?」
「やっぱり! 靖、あの鳥居が大きくなってるよ!」
「この騒音は何なの?」
鳥居が大きくなった。それと何だろう、何か聞こえる。翼のはばたく音?
でも鳥にしては、なんだか耳障りだった。どちらかというと蝙蝠が群で飛んでる音に近いけど。

「グワァァァ──!」

「なっ!?」 
門から何か出てきた。恐竜?! どんどん出て来る! 
『ランザーの大群かっ!』 
『小型の、何かみつけたらひたすら攻撃してくる狂暴な奴だよ!』 
「ええ!? だったらこのランザーとかいう奴をなんとかしなきゃ!」
鳥居なんてその後の問題だよ。目先のことに集中しないとやばいもん。
私たちは無我夢中で魔法を唱えまくった。ルイ達も一緒に戦う。



倉庫はすぐ壊れて今はもう外で大激戦だった。左、右、前、真上――
「わ――っ!?」 
一体どれだけ出て来るっていうの。次から次へときりがない! 
もうパニック起こしそう。目がついていけない世界だよー。だけど今それを諦めちゃいけないし。
混乱してる余裕もないくらいにてんてこ舞い。絶叫と呪文でいつか舌を噛みそうだよ私! 
『何ぼさっとしてんだ! やられるだろっ!』 
ザンが叫んだ。そう言われてもーっ! 空を飛んでるんだよ、相手は。狙いが定めにくいったら。
鈴実のお札も当たらないし、靖の魔法も発生するけど避けられてばっかで炎はそんなに多く使えない。
「ひゃぁぁっ」
靖と鈴実のすぐ近くにランザーがきてる!
「きゃぁ!」 
「げっ! 剣なんて持ってねぇのに!」 
靖が剣持ってれば接近戦でも戦えたのにぃー!
靖は寸前のところで鈴実の肩を掴んで膝からぐっと身を屈めた。
その上を凶刃が通り過ぎる。屈んでなかったら、今頃二人の首が……うー。
2人ともランザーの翼での攻撃をかわせてて良かった。
ランザーの翼って鋭いんだもん。 当たったらすっぱり切れちゃうよ。
それに武器を持ってたら、日本じゃ捕まるから光奈の所に置いてきてるんだし!
『空を飛ぶ奴は翼を使えなくするか切り落とすんだよ。見てろ! ルイ、フィーリッ』
ザンとフィーリとルイが飛んでいった。カマイタチは風の刃を使うんだったけ? 
でもあれって使うっていうより、実際なってる感じで。風と化しました、みたいな。
3匹を見つつも私と靖は魔法を唱え続けた。鈴実も手持ちにある限りのお札を投げていく。
私は魔法がルイ達に当たらないように、三匹がいない場所に魔法を放ってみたんだけど。
それがとっても難しい。鈴実と靖は風になった三匹は見えてないから余計にそうだよ。
私たちは風の軌道を見るしかなかった。でも、それだと覚えられるものもそんなになくて。
でも、アドバイスが良かったのか狙い所がわかると命中率が上がった。

連携があるのか、一匹が落ちると二匹三匹の動きが鈍って狙いやすくなった。
「グワァ!?」
たくさんランザーの両翼が同じ切り落とされて地面に落ちる。血をたくさん流しながら。
それでもランザーの群れは減ってる気がしない。無限大に落ちては増え落ちては増え。
「血……」
鈴実は足取りが危なっかしい。 大丈夫かな。
「しっかりしろ、鈴実!」
靖が鈴実の側にいるから、倒れても受けとめてくれるけど。ホントに大丈夫かな。
心配してても魔法が頭に浮かんでくる。いっつも不思議だなぁとは思うけど。
でも迷ってるヒマはなかった。それに浮かんだ瞬間には、もう口走っていた。
「風の色よ、1ヶ所に集約されよ! エアー・ブーメラン!」 
あ、一気にランザーが地に落ちた。うーん、さっきよりも血がいっぱい。
結構落ちてきた。ランザーが減ったのが目でわかる。 もう鳥居からはでてこないみたい。 
もう私の目の前には血とともにまだ動いてるけど、大量出血してるから攻撃出来ないよね。 
自分の足下からは死骸が遠くて、どうにも現実味が薄くて……とりあえず平気だった。
鈴実は血が苦手だから、倒れるかもしれないけど。 戦闘はできても血を見るのは駄目だって。
「鈴実、大丈夫?」 
全部片付けたところで振り返る。鈴実は何とか立っていた。 
「まだ何とか……あんまり長くは持たないわよ、あたし」
鈴実の顔は真っ青だった。いつ倒れてもおかしくないくらい。大丈夫かな、ほんとに。
「こんなに死体ができちゃ仕方ないって」
「うん、私もあんまりいたくない」
それに疲れたぁ。魔法言いまくりながらかわしてたからすごい疲労感が襲ってくる。 
喉が痛い。それは皆一緒だけど。声が枯れそう。
私も靖も鈴実も地面にへにゃりと座りこんだ。
あー、すっごく疲れたよ。死ぬかと思った。

見上げる空は青くて遠い。空はいっつも遠くて。
空をずっと長いこと飛べる鳥は強いよなぁって思う。
どんなに小さくても絶滅期を乗り越えたんだよね。
恐竜には乗り越えられなかったものを、あの鳥たちは。

『グオオオオ』
「え、何?」
ランザーより鳴き声が低いのが聞こえたけど。すっごくやな感じがする、背後から。ってことは。
『清海、後ろ!』 
やっぱりーっ!? 前を向くとランザーの大量の血と死体、その真ん中で巨大な飛竜がこちらを伺っていた。 
もぉー、次から次へと! ランザーといい、今目の前にいるのといい! 
でも飛竜は何もしてこない。 
『我名はラゴス、竜神だ。お前が我を呼んだのか?』 
「……はい?」 
な、何なのあれ。しかも竜神って?





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